インチキ?謎のオーディション(3)(最新傾向編)


これまでも怪しいオーディションなどの情報をこのページから僕は皆さんに訴えて来ましたが、また新たに、いろいろな情報が寄せられたのでここに報告します。(ここに載せる情報は情報提供者のプライバシーを保護するため、全て「仮名&フィクション仕立て」とさせてもらいます。)
  1. ボイストレーニング型
    浜崎あゆみのような女性シンガーを目指す「A子さん」は、ある雑誌で「女性シンガー募集」の情報を見つけ、デモテープを送りました。しばらく経ったある日、A子さんは1本の電話をもらいました。「もしもし私、ポップンスター・レコードの小林と申します。*月*日にライブ審査を行ないますが…」。A子さんにとっては初めての一次審査通過でした。

    緊張の中、都内の某スタジオにA子さんはいました。レコード会社を名乗る割には、なぜか街のしょぼい練習スタジオでしたが、喜びの中にいるA子には全く気になりませんでした。詳しく話を聞くと、その会社からは、既に「しいな光」という女性アーティストのデビューが決まっていて、それに続く第2段として、A子さんに白羽の矢が立てられたとのことでした。「えっ!マジ〜、アタシもデビューできちゃうのお!!」

    ずらりと並ぶネクタイ姿のおじさん達を目の前にA子さんは、十八番の浜崎あゆみの「voyage」をうたいました。…ところが! さっきまで優しかったおじさん達の表情が徐々に曇っていきました。気まずい空気の中でおじさん達が口を開きました。「うーん。あのねえ、A子さんさあ。あなたはスタイルもいいし、顔もかわいいんだけど、致命的に発声が成ってないんだよ。」「これじゃあ、商品にはなりませんな。」周りの人たちもうなずいています。A子さんは血の気が引いていくような気持ちになりました。今にも涙がこぼれて来そうです。「泣くもんか、絶対に泣くもんか!」自分の心に強く言い聞かせて、おじさん達の辛辣な言葉を浴び続けていました。その時!! あのA子さんに電話をして来てくれたあの小林さんが口を開きこう言い放ちました。

    「半年間、A子さんを僕に預けて下さい! きっと立派なシンガーとしての発声を身につけさせてみせます!!」

    小林さんの目には涙が浮かんでいました。小林さんがアタシのために泣いてくれている!! 何やってんだアタシ! ここで覚悟見せなくちゃ。A子さんは次の瞬間叫んでいました。「どんな辛いことでも我慢します。小林さんアタシを鍛えて下さい!!」

    めでたくA子さんは「ポップンスター・レコード」の育成アーティストとして認められました。毎週1回小林さんの指導のもと、都内の某練習スタジオでボイストレーニングを受けることになりました。練習スタジオを借りるお金、小林さんへの謝礼、合わせて毎回2万円の金額がかかりました。アルバイトをしながら、A子さんはそのお金を払い続けました。でも「どんな辛いことでも我慢します」と誓った自分の魂を裏切ることはしません。その分お金はかかりましたが、時には週2回3回とトレーニングを受けることもありました。必死でボイストレーニングに励むうちに自分でも少しずつ上達して来た感覚がつかめて来ました。そんなある日のこと。

    「A子さん!僕はもう君とはやってられないよ!!いつになったらまともに発声ができるようになるんだ!!」

    突然小林さんがキレてしまいました。最後の頼りだった小林さんに見捨てられてしまったらアタシは…そう思ったA子さんは必死で訴えました。

    「もう一度お願いします小林さん!!」
    「いや、A子ちゃん。僕らは少し距離を置いた方がいいと思うんだ。僕の師匠にあたる人間が長野県でボイストレーニング合宿を行なっている。しばらく、そっちの方で自分を鍛えておいでよ。」

    A子さんは、その夏を長野県の山奥のホテルで過ごしました。合宿代20万円は消費者金融で借りました。

    そして、半年後、「しいな光」のレコード発売イベントの前座として、A子さんは都内のライブハウスのステージに立ちました。チケットノルマ\2500×30枚は友達や家族、アルバイト先の仲間が買ってくれたので、なんとかさばけました。「しいな光」のCDはその日ライブハウスのカウンターを華々しく飾っていました。でも実はそのCDはそのライブハウス以外の場所では二度と見ることはありませんでした。A子さんは友達からこんな話をされました。

    「あのさあA子の先輩とかいう"しいな光"って人のCD買おうと思って、CD屋さんにいったらさあ、取り扱ってないって言われたよ。本当にあの人ってデビューしたの? ポップンスター・レコードっていう会社も登録がないってさ。」

    A子さんは混乱してしまいました。尋ねたところ、ポップンスター・レコードは外資系だから日本の市場からは認証を受けづらい状況であるとか、いわばクリエイティブ集団なのだとか、イベントを行なうことはレコード発売と同等の価値を有するとか、既存のシステムから脱した革命が今まさに行なわれつつあるとか、かなり難しいことを言われました。

    A子さんもここまで来て「何かおかしい」と感じ始めました。そしてある日、A子さんは小林さんから、こんな提案をされました。

    「A子さあ、もうこんなことやってても君がデビューできるわけないってこと君も知ってるんだろ? 君もスタッフとして働かないか? ぶっちゃけ、そろそろ君も、うちのシステム理解してるよね。」

    今、A子さんは葛藤の中にいます。自分が取られてしまった「お金」をできる限りたくさん取り戻したい。小林さんからは「月給15万円+ボイストレーニングの生徒一人につき1万円の歩合制」での契約を提示されています。消費者金融からの借金も利子の返済だけでやっと。15万+αは今のアルバイトよりは遥かに良い条件です。今のA子さんは、「お金」をどうやって稼ぐか、ということで頭がいっぱいになっています。

    でも気がついて下さい。A子さん、あなたは「お金」だけでなく「夢」までも奪われつつあることを。

  2. 雑誌掲載型
    雑誌に掲載されている怪しいオーディションのことについては、以前にも語りましたが、今回は「雑誌に掲載してあげるよ」というタイプの怪しい手口です。

    アタル君とスグル君は「きんにく」というアコースティックデュオを組んで活動しています。いつの日か「ゆず」のようにデビューできるように、日々練習を重ねて、今日は初めての路上ライブにチャレンジすることになりました。最近、いろいろな人が路上をやっているという噂の某私鉄沿線の駅に降り立ち、たくさんの同業者の隙き間を縫うようにして、やっと自分達の位置を確保して歌い始めました。でも…。必死で歌う二人の前に立ち止まる人はいません。どんなに美しくハモっても、誰も聞いてくれないのです。「路上→ヒーロー」という伝説は嘘だったのかよ!!! 二人のテンションは徐々に下がっていきました。そんな時です。ある一人の女性が二人の前に立ち止まりました。

    「私、UDエッグ出版の山本と申します。この度、我が社の雑誌においてストリートミュージシャンの特集号を出すことになりまして、是非お二人に取材をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

    やっぱり伝説は本当だったようです。アタル君とスグル君はドキドキしながら、山本さんと近くの喫茶店でお茶を飲みながら、雑誌の概要について説明を受けました。今流行のスポンサー収入による無料配布の雑誌であり、配布の規模は全国、そこには参加アーティストのオムニバスのサンプルCDがつけられるとのこと。

    大学では経済学を選考しているアタル君はスグル君に言いました。「この企画イケテル!! 絶対これ成功するよ。おれらマジラッキーじゃん!!」早速家に帰って、インターネットで「デモテープの作り方」のページを見つけ、二人でお金を出し合ってMTRを買って生まれて初めてのデモテープを作ってみました。ちゃんとレベルにも気を使って、音が割れないようにして、二人は素晴らしいデモテープを完成させました。

    山本さんも褒めてくれました。「素晴らしいですね、これだったらお金を出して買っても充分のクオリティですね! あの…実は…。」その時、二人は今回の特集号の企画が現在ピンチに陥っていることを山本さんから聞かされました。無名のアーティスト中心の雑誌ではスポンサーが付かないこと。このままでは膨大な赤字が出てしまい上司からストップをかけられつつあることを告白されました。そこで、山本さんからこの企画の修正案が提示されました。「雑誌は無料配布でなく販売の形にすること」「参加アーティストからいくらかずつの参加費を徴集すること」「参加アーティストに何部かずつ雑誌を買い取って手売りしてもらうこと」「記念イベントを某老舗ライブハウスで行ない、そこでの収益を雑誌の経費に当てること」が提案されました。

    実はライブハウスにもまだ出た事が無かった二人にとっては、これはこれで結構「オイシイ」ことになりました。二人は承諾し、この企画へ継続して参加する意志を表明しました。

    学校で二人は噂になっていました。「あいつら今度ライブハウスでやるんだって!」「雑誌にも掲載されるとか聞いたぜ!」二人は人生最大の幸福の中にいました。同じクラスの照井君も一人で細々とアコースティックでライブ活動していました。これまでクラスでライブハウスに出ていたのは自分だけだったのに、二人に追い抜かれてしまったような気がしました。照井君は口では「おめでとう」と言いながらも内心は嫉妬の炎で燃え上がっていました。

    いよいよ雑誌連動イベントライブの当日になりました。初めてのライブ。それもあの老舗ライブハウスのステージで二人は緊張したけど、頑張ってお客さんを集めました。大学の友人、高校、中学の友人、いろいろな人が来てくれました。スグル君のお婆ちゃんも来てくれました。今回のイベントにはチケットノルマが課されていました。\1500のチケットを50枚。二人が呼んだお客さんは、なんと38人もいました! でも、その日二人には気掛かりなことがありました。あんなに優しくしてくれた山本さんが会場に来ていないのです。代わりに同じくUDエッグ出版の平田さんという40過ぎのコワモテのオッサンが今日は来ています。「きんにく」のステージは1ステージ20分。今日は10組程のアーティストが出演するので、ちょっとステージは短かめです。でもまだ持ち曲が3曲しかない二人にとってはこれぐらいで調度いい長さでした。二人はMCですべったり、弦を切ったり、譜面台を倒したりしながら無事に初ライブを終えました。

    ライブを終えた二人は平田さんから「精算をお願いします」と呼ばれました。

    「えっとノルマいかなかったね。マイナス12人分で\1500×12で\18000。それに加えてドリンクの保障代が\500×12で、\6000でしょ。更に会場使用料として\10000ね。合計で\34000下さい。」
    「ええ?! ノルマは聞いてますけど、その上にドリンク代とか会場使用料とかって聞いてないんすけど…」
    「あれ? 山本が伝えてなかったかな? ごめんね。」

    なんだか微妙に納得いかない気分のままスグル君はお婆ちゃんに急遽足りない分を借りて精算を終えました。

    二人は次の日改めて、山本さんがUDエッグ出版を突然退職したことを聞かされました。今後はあのコワモテの平田さんがこの企画を継ぐことになりました。イヤな予感を感じている間もなく、雑誌のストリートミュージシャン特集号は遂に発行となりました。二人は平田さんに言われて「1冊\2000」のその本を50部ずつ買い取らされました。

    「あの〜、平田さん、1冊¥2000って高くないっすか?」
    「いや、高くないよ。だって君達ね、CD1枚付いてる本なんだよ。それで普通だよ。」

    それでも二人は満足でした。だって自分達の勇姿が雑誌に出るんだから。だって自分達の曲がCDになるんだから。でもその気持ちも実際に雑誌を開いてみて無くなってしまいました。なぜなら二人の「勇姿」は、たった3cm×4cmくらいの小さな写真だったし、アーティスト名は「にんにく」になっているし、自分らが書いた覚えもないテキトーな自己紹介コメントが添えられていて、見ているだけで悲しい切ない気持ちにならざるを得なかったからです。「きんにく」の二人と同じように1ページに小さな写真で、ものすごい数のアーティストが女子高生のプリクラ帳みたいに掲載されていました。せめてCDの方だけでも…と願うのは当然虫が良すぎます。二人が苦労して作ったあのデモ音源の収録時間はたったの10秒ほど。それもサビに入る前に終わっていました。あとはイントロクイズのように、膨大な数の被害者達の声が流れては消えていくだけでした。もう二人は雑誌が本当に書店に並んだのかを確かめることさえもしませんでした。

    「きんにく」はそれ以来、音楽活動をすることは無くなりました。アタル君はギターを弾くことすら辞めてしまって、今は就職に備えて英会話の学校に通っています。ヘッドフォンステレオは音楽を聴くためのものから、リスニング教材を再生する道具へと変わりました。あれ程二人をチヤホヤして騒いでいた周りの友達も何事もなかったように毎日を過ごしています。スグル君は照井君と「ましんがん」という新たなユニットを結成して、照井君のツテで小さなライブバーのステージに立つようになりました。

    実は就職活動を始めるにあたって、アタル君は一度だけ、気持ちの整理をつけるために、あのUDエッグ出版をひとりでこっそり訪れてみたことがあります。

    同じ住所、同じビル、同じオフィスのその場所には「ミート・カンパニー」という全く違う看板が掲げられていました。奥から電話応対をしていると思しき女性の声が聞こえた、ちょうどその時、ドアが開いて、あの平田さんが出て来ました。

    「あれ? ひ、平田さんっすよねえ。」
    「ああ、君アタル君だったっけ? UDエッグ出版はあれが失敗して倒産したんだよ。あれが売れなかったのは君らのアーティストパワーが足りなかったことに尽きるんだけど、その点については、こちらから賠償を求めたりはしないから安心してよ。ま、今は全く別会社だからもう関係ないけどね。」

    この一件で少し大人になったアタル君はもう何を言われても動揺しませんでした。

    「音楽の世界なんてロクなやつがいない。僕は立派なビジネスマンになってこんな汚い世界の奴らとはもう関わらない! 」

    アタル君は心の中で誓っていました。もうこれ以上何も言わず、アタル君はその懐かしいコワモテのオッサンに一礼してそのビルを出ました。

    そんなアタル君にもひとつだけ気掛かりなことがありました。「ミート・カンパニー」のドアの向こうで電話応対をしていた女性。あれはもしかして山本さんだったのではないか。それを確かめたい気持ちとそれを確かめたくない気持ちがアタル君の胸の中でぶつかりあって激しく音をたて始めました。その音をかき消すように、アタル君はヘッドフォンのボリュームを上げました。

最新傾向編その2(テレビ・プレゼンライブ編)を書きました。こちらもどうぞ。

目次へ| 作者のHPへメール